先日ふと、書棚にあった本に目が留まり読み返すことにしました。沢木耕太郎さんの「世界は「使われなかった人生」であふれてる」(暮らしの手帖社/2001年)です。これは、20歳を過ぎてから映画に出会った私が、おそらく初めて意識して購入し読んだ映画エッセイです。何がきっかけで手に取ったのかは忘れましたがとてもシンプルな装丁とその紙質も随分気に入って、しばしの愛読書でした。
当時の私には、その本に出てくる映画のほとんどが未知との遭遇でした。かろうじて観ていた数本を前に、自分が心の中にとどめた感覚を一生懸命思い出しながら本を読み進めた記憶があります。それらの感覚が沢木さんの言葉で分析され解説されていくことに心が躍りました。そうか、映画というのはこういう風に観るのか。この感じ方はこういうことだったのか、と反芻しては思慮に耽る時間が楽しかったのを思い出しました。
20年近い時間の中で数多くの映画評や映画エッセイに触れてきましたが、世界は使われなかった人生であふれてるという言葉とその感覚は、十数年ぶりに読み返してみた今、とてもしっかりと私の中に根付いていることに気づきました。映画は様々な世界に連れて行ってくれ、時代や歴史を教えてくれ、様々な人生を見せてくれますが、それらは全て何らかの理由で(ある時にはもちろんはっきりした理由で)自分が手にしなかった人生を、別の形で与えてくれるものでもあります。映画があることで私の人生は豊かなものになっている、その自信が蘇った気がしました。
今年も様々な人生を詰め込んだ映画の数々を、皆さまにお届けできる幸せを噛み締めています。高崎映画祭は映画を愛する人たちの小さな勇気から始まった映画祭です。皆様のお力添えのもと34回という数字を重ね、今年もたくさんの人生とともに映画祭を開催できることに心からの感謝を申し上げます。
世界中の使われなかった人生に、みなさんが一度でも出会えますように。
そして、映画がみなさんの心と未来を明るく灯しますように。
そんな思いを胸に今年も高崎映画祭を開催します。
2020年春
高崎映画祭 プロデューサー 志尾睦子